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2006年7月

2006.07.28

バケツをひっくり返したような雨

今年も梅雨末期の豪雨であちこちに被害が出た。そうした被害の状況を伝えるニュースや天気予報などを見聞きしていて気になる言葉がある。『バケツをひっくり返したような雨』というやつだ。豪雨の状態を表現しているのだろうが、この言葉から具体的にどのような状況なのかをすんなりとイメージできるだろうか?

まず『バケツをひっくり返す』といえば、水の入った金属製のバケツを誤ってけり倒してしまった時のことを思い浮かべてしまう。今は縁側のある家などずいぶん珍しくなってしまったが、昔の日本家屋にはその縁側があり、この掃除といえば雑巾がけが定番であった。そして、だいたいいつもおっちょこちょいの子供が掃除中に廊下にやってきて、なぜか隅に置いてあったバケツをひっくり返してしまうのだ。この時のひっくり返されたバケツの水は、廊下一面に広がっていく。それはちょっともの悲しい平面的な水のイメージだ。

では、平面ではなく立体で考えるとどうか。だいたいバケツに入れた水というのはとても重いもので、これをわざわざ持ち上げてひっくり返すということはあまりしない。話は一段とそれるが、ちなみにバケツになみなみと水を入れ、これを両手に持って教室の外の廊下に立たされた者にしか分からないもの悲しさもある。今思えば、あのような虐待にも似た指導が小学校で日常的に行われていたことはきわめて重大な問題だといえる。

さて、それなら『バケツをひっくり返した雨』に最も近いイメージとはどのようなものなのか?

これも昔のことだが、手桶に水を汲み頭からかぶるという、とても恐ろしげな話をかつての子供たちは道徳の時間などに何度も何度も聞かされたものだ。

そのひとつが『みそぎタイプ』の話。○○タイプと付けるとガンダムのニュータイプみたいでカッコよく聞こえるが、これは単純な分類の意味で使用しているだけだ。
『みそぎ』とは、お祭りや神事に先駆けて身を清めるようなことをいうが、だいたいは水を頭からかぶって体中の悪を追い払うといった目的がある。それが転じて、願い事を実現させるために自虐的なこと(=水をかぶる)をしたといった類のもの。別の言い方をすると『願かけ』というやつだ。

もうひとつは『根性タイプ』の話。例えば立身出世のために昼は労働をし、夜は勉学をするが、眠くなるので頭から水をかぶって目を覚まし、寝ずに勉学に励むといったやつ。本当にそんな人物がいたのかどうかは不明だが、昔の小学校の教室で(戦前ではなく昭和30~40年代)まことしやかに語られていた話題だ。

ということで、昔をしのんで風呂屋のサウナに入り、風呂場で手桶に入った水をかぶってみた。ほてった体にバケツ半分くらいの水はとても気持ちがよい。願い事もなく、立身出世も考えていない者には、ただの冷たい水であり、本来の目的である『バケツをひっくり返した雨』を理解するまでには至らなかった。

どうでもいいが、ニュースや天気予報のあの表現はもう少し分かりやすいものにならないのだろうか?

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