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2006年9月

2006.09.22

一瞬の風景

それが、どこの何という名前の町なのかまったくわからないし、覚えていもいない。だが、たしかにこの目で見たものであるし、もし自分が画家であったらおそらくその風景を絵にしていただろう。

周囲には小高い峰が連なり、谷底のくねくねとした川沿いのわずかな平地に道路と列車の線路がある。そのまわりの斜面には民家がぽつぽつと点在する。そんなありふれた集落の何気ない風景だ。

その時、電車に乗っていたのか車の座席に座っていたのかすら覚えていない。覚えているのは、谷あいの向こう側、それもその下はかなり深い崖になっていて、下にはエメラルドグリーンの川が流れている。その崖の上に少しだけ開けた平地があり、そこに昔ながらの木造校舎の小学校と運動場がある。もうすぐお昼になるのだろう太陽は真上にある。運動場には、おそらく集落の人たちが全員集まっているのではないかと思えるほど大勢の人たちがいて、どう見ても運動会のようなことをしている。

距離はどう見ても300メートル以上。谷底をはさんで対岸。それも移動中の乗り物から見ているのだが、なぜか運動会に興じている人たちの楽しげな雰囲気が矢のようにこちらに伝わってきて、実はよくは見えないのだが、それでも集まっている大勢の人たちの笑顔を見たような気がした。

山村、実りの秋。この小さな集落で、おそらく村の分校で、そこの児童だけでは運動会も成り立たず、ならばと集落の人たちのレクリエーションも兼ねて合同で地域の運動会。老若男女が集まって秋の一日を楽しく過ごすのだ。

そうだ、この感覚はどこかで体験したことがある。少年時代、自分が育った町の集落で行われていた地域の運動会だ。当時は、娯楽が少なかったせいもあるが、大人も子供もみんが集まって、町内対抗の運動会をしていた。それは大人も子供も夏休みの後半から練習が始まるほどの熱の入れようで、いざ本番となれば地域のみんなが心底のめり込むほどの一大イベントであった。

考えてみれば、一瞬、それもずっと向こうに見える山あいの集落の運動会であったが、少年時代の色々な想いが交錯して、ひとしきり過去を振り返ることができた。だから今も心に残る風景として脳裏に焼きついているのかも知れない。

旅を楽しむ・・・そこには、このような心の風景と出会える面白さがある。それにしても、しばらく旅に出ていない。このままじっとしていたら、自分が腐ってしまいそうだ。

2006.09.21

ハンカチおやじ

もう、ブームも過ぎてしまったかもしれないが「ハンカチ王子」といえば早稲田実業のエース斎藤佑樹投手(18)のことだ。ところで、あのブルーのタオルハンカチが話題に上ったのは8月も中旬の頃。まさに夏の甲子園のさなか。ところが、あのハンカチだけがなぜか独り歩きを始め、今でもネットオークションの話題になっているそうではないか。ご苦労なことだ。

さて、実はその話題のタオルハンカチだが、最近、何度も目撃をしているし、それどころか実際に何度も触って遊んでいる。遊ぶとは、あのハンカチをいろいろな人に見せて、「これ、何だかわかります」といって例のものを見せるという遊びだ。知っている人はすぐに反応するし、知らなくても説明をすれば「これがそうなんですか?」と一応にリアクションを返してくれる。

もっとも、そんな悪趣味の遊びを楽しんでいるのは、もちろん私ではない。この数年来、懇意にしている某プロデューサーだ。なぜか、あの話題のハンカチが、自宅のタンスの引き出しの中にあり、ここぞとばかりにそれを持ち出し、あちこちで話題をとって遊んでいるだけなのだ。曰くこれが「ハンカチおやじ」の由縁だ。だが、想像以上に大うけするところが憎い。

とはいえ、あのハンカチで思いっきり顔の汗を拭けば間違いなくオヤジのしぐさだが、半分に折り、さらに三つ折りにしたものをそっと顔に押し当てれば王子様になれる。ヨンさまも、ベッカムさまももう過去の人になってしまったが、この王子様はこれからも暫くは話題から消えることはないだろう。いきなりプロではなく、大学に進学したことも好感を持てる。

どうでもいい話だが、今は、もう既に少子高齢化で、大学に進学する若者は、あまり苦労することなく受験をパスできる時代だ。だからこそ、大勢の子供たちに学ぶ大切さを知ってもらえればと勝手に思う。あの王子様がそうした若者たちのオピニオンリーダーや広告塔になることはないと思うが、それでも、大学というもうひとつの選択があることを示したことは評価に値する。

それにしても世の中、何をするにも『お馬鹿』では話にならない。愛すべきハンカチおやじの洒落ももうそろそろ色あせ始めている。次なる一手が楽しみだ。

2006.09.20

禁煙・決断から5年

あの9.11があって、そのちょうど1ヶ月後の10月12日、居酒屋に集まった友人たちの前で禁煙を宣言してはや5年になろうとしている。

あのようなショッキングな事件と、禁煙というきわめて個人的なできごとの間には、とりたてて語るような関係性はあまりない。あえていうなら、ちょうどあの頃、仕事でアメリカに行くという話があり、往復の航空機の中ではタバコが吸えなくなったと聞いたことがきっかけだった。この難関をクリアするために何をしたか。禁煙ガムを買い込み、8~10時間、つまり日本からアメリカに行くまでの移動時間中にタバコの世話にならなくて済むかどうかの、今思えばとても下らない実験がすべての始まりだったような気がする。

禁煙ガムでニコチンを摂取し、煙は吸わない。少し高価なガムではあったが効果はてきめん。僅か数日で禁煙を確信した。そんな折も折、仲間たちのとの呑み会があり、そこで宣言をすればやめないわけにいかないだろうと自分を追い込み、それが功を奏することとなった。

もっとも、9.11のおかげでアメリカ出張は中止。本来の目的が頓挫した中で、禁煙という新たな課題には何とか立ち向かうことができたわけで、それはそれなりに“自分を褒める”べきだろう。

さて、このような禁煙の自慢話をしたところで、どれだけの人が興味を示してもらえるかは不明だ。でも、今、少なくとも禁煙をしたいと考えている人には、何か響くものがあるのではないかと勝手に思っている。

ついでにいえば、かなり不謹慎かもしれないが、禁煙を決断するならあのような大事件の直後がお勧めだ。なぜなら、テレビのニュースなどで「あの事件から5年が経ちました」などと始まれば「そうかタバコをやめてもう5年にもなるんだ」と納得できるからだ。

とはいえ、それがどうしたの?と突っ込まれれば、それで終わる程度の話であるが・・・。

2006.09.07

何これ?みんなこれでいいの?

本日の朝日新聞夕刊から以下引用します。

「デスノート」「ヒカルの碁」漫画家、ナイフ所持容疑
2006年09月07日15時01分

 少年漫画誌に連載されて人気を呼び、今年6月に映画化された「DEATH NOTE(デスノート)」の作画を担当した漫画家が、銃刀法違反(所持)の疑いで警視庁に逮捕されていたことが分かった。

 逮捕されたのは、東京都武蔵野市境、漫画家小畑健(たけし)容疑者(37)。石神井署などの調べでは、小畑容疑者は6日午前0時すぎ、正当な理由がないのに、東京都練馬区大泉町5丁目の路上で、車の中にアーミーナイフ(刃渡り8.6センチ)を所持していた疑い。

 警察官が整備不良の疑いで小畑容疑者の車を止めて職務質問をしたところ、車内の引き出しの中から見つかり、現行犯逮捕された。「キャンプで使うために持っていた」と話しているという。

アウトドアを趣味としている者にとって、とても警察を許しがたい気分になりました。先日のことですが、私のとても親しい友人が同じような体験をしました。つまり、職務質問→ナイフの所持→親切心で、何も疑わず持っていたアーミーナイフなどを提示→書類送検もしくは逮捕。

あり得ない。私もアウトドアマンのひとりとして、またとても便利なツールとしてスイスアーミーナイフ(ビクトリーノックス)をいつもカバンに入れています。カッターの代わりになったり、出張先で缶詰を開いたり、仕事用の機材の調整にドライバーを使ったりととても便利に使っています。

それを所持しているだけで犯罪になるなんて・・・・

どうかしてしていませんか。警察。

それは、最近ナイフを使った犯罪が増加しているという事実も知っています。でも、大人の、しかも、まともな社会生活をしている人間を捕まえて、「お前も犯罪人だ」みたいに認定して行くのはどうかと思います。

こうしたやり方にみんなで反対すべきだと思うのですがいかがでしょう。

■ナイフの所持→書類送検→その後の興味深い話

■職務質問についてこんなこともあるという興味深い話。

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