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日記・コラム・つぶやき

2011.03.22

安全値と安心値

東京電力福島第一原発の事故の影響により、露地栽培されたホウレンソウなどから食品衛生法の暫定規制値以上の放射性物質が検出され、政府は21日、当面の間、本県産のホウレンソウとカキナについて、出荷制限の措置を取るよう指示した。

官房長官の記者会見もひたすら生命に直ちに影響を与えるものではないの一点張りで、イマイチ歯切れの良いものではなかった。

だが、既に風評被害が始まっており、指定地域以外のホウレンソウも店頭では売れない状況にあるらしい。官房長官が「冷静な対応を」と呼びかける気持ちもわからないではない。

食品衛生法の暫定基準値が国の基準なら、われわれ国民はそれが安心を得られるぎりぎりの『安心値』であると納得するしかないだろう。だが、この暫定基準も必ずしも直ちに健康に影響を与えるものではない許容の範囲のさらに下にあるようで、これなら絶対に安全だという『安全値』はもっと上に設定されているようだ。

だとしたら、この『安心値』である暫定基準は、何を根拠に作られたのだろうか。中途半端だから暫定ということでも仕方がないが、どうせどこかの学者さんたちが集まって宇宙線や自然界に存在する放射線量などから『これくらいなら』と決めたのだろうか。

それにしても、直ちに人の健康に影響がない野菜の出荷制限なら、かえって不安を煽ることにならないだろうか。

どこまでが『安全で』どこまでが『安心なのか』、もっとわかりやすい線をはっきり決めて欲しい気もする。

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2011.03.16

原発 ヤリ玉 ちょっと待て

特段の原発推進派ではない。だが、今ネット上で繰り広げられている原発反対論には賛同できない。

想定を超える事故、しかも地震ではなく津波で起きた惨事をわけもわからずに、ただ怖いからとか、被害が出ているからという理由だけで否定するのは最低だと思う。

だいたい今、問題になっているのは原発の中心部にある原子格納容器の問題ではなく、その周辺部で起きている使用済み核燃料の問題で、原子力発電所そのものの問題ではない。

問題の本質を理解しないまま、ただ怖いから、わからないから、それだけの理由で原発はもういらないなどとわかったようなことをいう。それにはとてもむかつく。オマエラ何を知っているというのか?

実は、つい先週、地震の起こる前、今、島根県で建設されている最も新しい原子力発電所のまさに原子炉格納容器の中に入って仕事をしてきたばかりだ。

だからというわけではないが、何もわからない人たちが、右往左往してあれこれ無責任に勝手な意見を放つのは待てよと思う。

もっと先のこと、未来のことを考えて冷静な意見を述べられる人はいないのだろうか。

色々な人の意見をもっと聞くべきなのではないだろうか?

その列に並ぶな

大震災、その後発生した原子力発電所の事故。連日テレビを通じて流される被災地の映像。さらに、輪番停電や電車の間引き運転。人の心を不安におとし入れる材料は充分揃っている。そうなれば先行きの不安が増し、何かしておかなければと思う。

そんな気持ちはわかる。だからといって、ガソリンスタンドやスーパーマーケットの長蛇の列に加わることが、本当の意味で安心につながることなのだろうか? 自分さえ良ければそれでいいというにならないだろうか? 社会不安を助長する行為に荷担しているとは思えないのだろうか?

一部の人たちは、もうすでに『冷静さ』を失いつつあるではないだろうか?

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ガソリンスタンドの列

2010.06.21

超党派の議論

どこかの総理大臣が、超党派で消費税アップの議論をしようと野党に呼びかけている。

なるほど・・・超党派か・・・超党派?・・・そいうえいば確かに聞こえは悪くない。何といっても党派を超えて話をしようというのだから建設的だし、まるでJリーグの壁を乗り越えた日本代表のようでカッコイイ。がんばれニッポン・・・ニッポン、チャチャチャとなりそうだ。

でも、あれ?ちょっと待てよ。国会って、元々、党派を超えた人たちが議論をしあうところじゃなかったの?。

国会の中で同じ党派の人たちが議論をしたところで、まるで意味はないわけで、主義主張や考え方の違う人たちが、お互いの思いをぶつけ合って、互いに不足している思いを理解し、そして最後にあるべき結論を出して・・・それが国会なのでは?

「ご都合主義」という言葉がある。つまりは、都合の良い展開を想定した考え方が先にあり、それに合致した議論を後から仕立てていくというやり方だ。

ことのつまりは、消費税アップありき・・・・なのではないか。自民党もできなかった大罪を、今、新しい民主党はやろうとしている。

「日本をギリシャの財政破綻のようにして良いのか?」・・・良いわけがない。

だったら即、消費税アップなのか? 消費税アップは早くても2~3年後というが、ふざけるな!!

景気対策も、雇用安定も、国際社会の安定も・・・・何もできていないのに、増税論議ばかりが先に来ている。

税金ばかりでない。健康保険料も、年金も、信じられないくらい高騰しているのに、何も言わない国民・・・これは絶対おかしいと思うのだが、こんなことを考えているのは私だけだろうか?

超党派とかけて・・・サッカー日本代表のワールドカップ優勝ととく・・そのこころは・・・どちらもあえりません。

2007.06.04

あり得ない語尾延ばし

最近ファミコンに主婦層のおばさんたちがどんどん進出している。ファミコンという言葉で、ファミリーコンピュータ関係の情報にアクセスしたいと考えていた方には申し訳ないが、ここでいいたいファミコンとは、ファミリーレストランやコンビニエンスストアという意味だ。悪しからず。

さて、このファミコンおばさんの得意技、それがあの語尾伸ばしだ。

「いらっしゃいませ~」「350円で~す。」「500円からお預かりしま~す。」「150円のお返しで~す。」「毎度有難うございま~す。」

おばかな娘でもいれば、もうおばあちゃんと呼ばれていても不思議ではないような人たちが、あの馬鹿女子高校生並みの語尾伸ばしを何のためらいもなくやっている。

何も考えていない馬鹿女子高生がやるのもかなりムッとするが、その母親といっても良さそうなオバサンが、右へならえで頭をカラッポにして「○○で~す」とやるのはいかがなものか。元々空っぽなのだから仕方がないのだろうが、あれは可笑しい。世も末だ。

語尾伸ばしが許されるのは、せいぜい幼稚園のお買い物ごっこまでだろう。それを越したら、恥と思え。

世の中、どうかなってしまったのだろうか。誰か何とかしろよ。特に政治家諸君。

2006.08.15

花火

夕食時、近くで大きな音がした。花火だ。

早速、家を飛び出し花火見物。近所の人たちも一斉に現れる。

(下の「再生」と書いてあるところをクリックしてください)

2006.07.28

バケツをひっくり返したような雨

今年も梅雨末期の豪雨であちこちに被害が出た。そうした被害の状況を伝えるニュースや天気予報などを見聞きしていて気になる言葉がある。『バケツをひっくり返したような雨』というやつだ。豪雨の状態を表現しているのだろうが、この言葉から具体的にどのような状況なのかをすんなりとイメージできるだろうか?

まず『バケツをひっくり返す』といえば、水の入った金属製のバケツを誤ってけり倒してしまった時のことを思い浮かべてしまう。今は縁側のある家などずいぶん珍しくなってしまったが、昔の日本家屋にはその縁側があり、この掃除といえば雑巾がけが定番であった。そして、だいたいいつもおっちょこちょいの子供が掃除中に廊下にやってきて、なぜか隅に置いてあったバケツをひっくり返してしまうのだ。この時のひっくり返されたバケツの水は、廊下一面に広がっていく。それはちょっともの悲しい平面的な水のイメージだ。

では、平面ではなく立体で考えるとどうか。だいたいバケツに入れた水というのはとても重いもので、これをわざわざ持ち上げてひっくり返すということはあまりしない。話は一段とそれるが、ちなみにバケツになみなみと水を入れ、これを両手に持って教室の外の廊下に立たされた者にしか分からないもの悲しさもある。今思えば、あのような虐待にも似た指導が小学校で日常的に行われていたことはきわめて重大な問題だといえる。

さて、それなら『バケツをひっくり返した雨』に最も近いイメージとはどのようなものなのか?

これも昔のことだが、手桶に水を汲み頭からかぶるという、とても恐ろしげな話をかつての子供たちは道徳の時間などに何度も何度も聞かされたものだ。

そのひとつが『みそぎタイプ』の話。○○タイプと付けるとガンダムのニュータイプみたいでカッコよく聞こえるが、これは単純な分類の意味で使用しているだけだ。
『みそぎ』とは、お祭りや神事に先駆けて身を清めるようなことをいうが、だいたいは水を頭からかぶって体中の悪を追い払うといった目的がある。それが転じて、願い事を実現させるために自虐的なこと(=水をかぶる)をしたといった類のもの。別の言い方をすると『願かけ』というやつだ。

もうひとつは『根性タイプ』の話。例えば立身出世のために昼は労働をし、夜は勉学をするが、眠くなるので頭から水をかぶって目を覚まし、寝ずに勉学に励むといったやつ。本当にそんな人物がいたのかどうかは不明だが、昔の小学校の教室で(戦前ではなく昭和30~40年代)まことしやかに語られていた話題だ。

ということで、昔をしのんで風呂屋のサウナに入り、風呂場で手桶に入った水をかぶってみた。ほてった体にバケツ半分くらいの水はとても気持ちがよい。願い事もなく、立身出世も考えていない者には、ただの冷たい水であり、本来の目的である『バケツをひっくり返した雨』を理解するまでには至らなかった。

どうでもいいが、ニュースや天気予報のあの表現はもう少し分かりやすいものにならないのだろうか?

2004.12.19

手習い

ある程度の年齢を重ねると、新しいことにチャレンジするのは億劫になるものだ。だが、その面倒くささや、はじめてのことに対する抵抗感をかなぐり捨てて、どんなことにでも挑戦することで、それまでに経験したことのない面白さや楽しさに出会い、やがてはそれがきっかけとなって豊かな気持ちになれるものだ。

それは、体を動かすこと(スポーツまで至らない)であったり、そうではない単なる趣味であったり様々だが、人間いくつになっても挑戦することを諦めてしまったら終わりだ。

最近のチャレンジといえば、もうはじめてから1ヶ月近くなるが、早朝のウォーキングだ。夜明け前に東の空に金星を見つけ、さらにその下に濃紺とオレンジのグラデーションを眺めながら、Earth, Wind & Fireの「ブギーワンダーランド」を聞き、時速6.5㎞くらいのスピードで歩いて汗を流すのが目下のところ無上の喜びとなっている。

どうでもいいことだが、毎朝これは大勢のジジババたちに混じってやっているのだが、あのジジババたちにこの至福の時を独占させておいて良いのかと思う。お年寄りたちの楽しみごとは、思いのほか奥が深いかも知れない。

さて、この早朝のウォーキングに加えて、最近、もう一つのチャレンジが始まっている。

これまで経験のないフルートをマスターすることだ。

ほんの一月ほど前、ひょんなことからこの楽器を手に入れた。元々、高校の頃にも吹奏楽でサキソフォーンをやっていたことがあり、楽器に対する抵抗感はない。だが、フルートは見たことはあっても演奏をしたことはない。

けっして急ぐことはないと考えている。目安として、せめて1年後くらいにはちょっとしたクラシックの小曲を披露できたらと考えている。

さっそく、ネットで教本を手に入れる。最近は、近所のコンビニを利用すれば手数料なしで本が手に入れられるのが良い。もっとも、ネットで注文をしてから1週間近くかかってしまうのが問題だが。

ともあれ、毎日、数分から数十分、楽器と格闘する。これまで暫く忘れていた脳のある特定の部分が思いっきり活性化しているのが実感できる。

さて、本格的なリサイタルはいつになるのか不明だが、無理をせずに、しかも、あまりがんばらずにゆったりと楽しみたい。あの毎朝すれ違うジジババたちのように。


2004.12.07

泣きっ面に蜂

これまで、オーナードライバーでゴールド免許というのが自慢だったが、あろうことかこの二日間で二度も違反切符を切られてしまった。警察にノルマがあるのかどうかは不明だが、よくボーナス月になると取り締まりを強化するという話を聞いたことがあるが、まさか自分がそれに引っかかるとは思いもよらなかったことだ。それにしてもやり方が汚いぜ。

ことのはじまりは昨日の午前中だった。仕事で出かけた三浦半島の小さな町。左右は空き地で、どう考えても絶対に誰かの迷惑になるようなところではない道路に止めておいた車に「駐車違反」の黄色いステッカーが。「何で?誰かのいたずら?」と、つい疑ってしまいたくなるような状況だ。

近くの交番に行くと、違反切符と罰金の振り込み用紙を机の上に並べて、手持ち無沙汰そうにしている警官がいた。

「てめぇふだんから鍛えてねぇな、腹出てるぞ!」と、いちゃもんをつけたくなるようなデブ警官に「あんなところで駐車違反はないでしょう」と嫌みたっぷりに尋ねると「いや~、通報があったもんですから・・・」

たとえ通報があったにせよ、「ほら、こんなところに遠慮がちに駐車しているんだから、そう目くじらたてなくても」と、なぜ諭すことができない。言われるがままに仕事をするのなら子供にだってできる。そんな暇があったら、小学生誘拐殺人事件の遺留品捜索現場にでも出向いて捜査の手伝いでもしてこいよ。

「じゃ、ここに、はい、その人差し指の指紋を」
「ちょっと待ってくださいよ。それじゃ犯罪人扱いじゃないですか」(そう言い放ってから、そうか交通違反も犯罪になるんだと納得したが)
「あ、じゃ印鑑か何かお持ちですか」
「ああ、持ってるから、ちょっと待って」なぜか、一昨日手に入れた三文判が鞄にあるのを思い出した。
「じゃこれ、振り込み用紙。期限内に納めてくださいね。」
うるせぇこのデブ。と腹の中で言い返してから「はいどうも、お世話様でした。」などと愛想笑いをしてその場を去った。悔しい。免許取得以来、およそ20年近く続いてきた無事故・無違反に傷が付いた。

夜、その悔しさをつまみに酒を飲み、そのことはきれいさっぱり忘れた。

朝、今日の現場に行く途中にと家人を職場まで送ることに。いつものように角を曲がる。この町に引っ越してきて数ヶ月間、何の疑いもなく右に曲がっていた道だし、いつもそこを曲がる車の数も多い。が、曲がったところに警察官が数人いる。「朝の7時半から8時半までは右折禁止なんです。ということで違反ですね~はい。」死ねこの野郎。

交差点を直進してくる車はおとがめなし。ところが右折してくると違反なのだそうだ。そんなのありか?どう考えても納得できない。何の意味があるのだろう。次々と面白いように違反の車が並ぶ。取り締まりの警察官も4~5人はいるようだ。

「あ~ゴールド免許ですね。じゃ、すぐに違反点数が戻りますから~」と、あまりにも軽い言い方。怒りは頂点に達した。顔は引きつり、何が公務執行妨害だ、殴ってやる。これは悪夢だ。いや現実だ。

今夜は昨夜にもまして悪酔いしそうだ。

2004.11.26

早朝のウォーキング

ここに越してきてから一度はやってみたいと思っていたことがあった。早朝のウォーキングだ。多摩川まで歩いても5~6分のところに住んでいることもあるが、一度はあの堤防を歩いてみたいと思っていた。

午前6時、まだ夜も明けきらない時間だが、いつもスポーツジムで使っているトレーニングウェアに先日ドンキホーテで仕入れた1000円のジャージを着込み、さらにウィンドブレーカーをまとっていざ出発。こんなに早くから道路は沢山の車が走っている。

軽くストレッチと足の運動をしてから、川まで1~2キロ続く緑道に入る。ここは車が走らない細長い公園のようなもの。不思議と身体が軽く感じられ、すぐにでも走りたい欲求に駆られる。が、ここで無理をするのは禁物だ。こういうところですぐさまトップスピードで走るやつがいるが、そんな連中ほど足を痛めてすぐに挫折する。まずはウォーミングアップで体温を高めることが優先。歩幅を少しずつ大きくし、スピードをつける。呼吸がほんの少し荒くなってきたところで、時速6㎞くらいのスピードで歩く。実に気持ちが良い。

ポケットに仕込んだMP3プレイヤーのスイッチ入れ、いつもジムで使っているペースメーカーのダンスミュージックを聴く。このリズムで歩くとさらに気持ちが良い。

多摩川の堤防に上がり歩く。こんな時間だというのに驚くほど大勢の人たちがいるのに驚く。時間は6時半。東の空から赤く大きな太陽が昇りはじめた。

全身汗だくの身体に朝の少し冷えた空気が心地良い。これは癖になりそうだ。

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