2008.08.22

マイ・モニュメントバレー

窓外の風景だが、高層マンションやオフィスビルが並んでいる。

どこかで見たような風景。そうだ、モニュメントバレーだ。

そんなわけで、この風景をマイ・モニュメントバレーと勝手に名づけた。

時間と天候で様々な味を出してくれるのが魅力だ。

Summermornig

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Summernight_2Summer02_2

※写真の著作権は放棄していません。無断使用はお断りします。

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2008.08.09

手持ち無沙汰

夏、Tシャツも数時間で乾いてしまう。

洗濯バサミも手持ち無沙汰のようだ。

最高気温更新中。夕立が恋しい。

のどの渇きを癒す夕暮れの飲み物も待ちきれない。

Photo

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2008.08.05

雀関係

人間なら人間関係。ならば、雀なら雀関係。

雀もひとりでは生きてはいけないみたいだ。

Photo_2

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2008.05.08

SP3のご利益か

まるで年中行事のように、この季節になるとマシンが挙動不審状態になる。理由はわからない。そんなわけで、とうとう一昨日、メインマシンが完璧にダウンした。

現在のところメインマシンがWindows XPで、サブがVISTAなのだが、このサブマシンは性能は優れているのだが仕事上絶対に欠くことができないソフトが対応していないため、相変わらずメインに昇格できないでいる。位置づけとしては研究用というところだろうか。だからあまりあてにならないし、すぐに乗り換える気にもなれない。

とにかくメインが動かないと、仕掛り中の仕事に支障をきたす。あれこれ悩んでいるくらいなら一刻も早くクリーンインストールを試み、それでもだめならハードディスク、さらにマザーボードやCPUの交換も想定せざるを得ない。

とりあえず仕事上のデータは、専用のハードディスクに入れてあり、さらにバックアップもこまめにとっているので不安はない。メールアドレスや日本語の辞書のデータもそのバックアップの中にあるし、メールそのものはサブマシンでも受発信できるので、これもあわてなくて済んでいる。

これほど用意が行き届いているのも、1年から2年に一度必ずやってくるマシン不調の学習効果だといっても言い過ぎではない。

昨日早朝からクリーンインストール開始、午後には仕事のデータを動かすことができるほぼ最低限のレベルまで回復させることができた。

ソフトウェアのインストールとアップデート、これを何度も繰り返すことになる。それに自分のマシンは、すべて自分用にカスタマイズしなければ作業効率も落ちてしまうため、細かい設定もあれこれ復元していく。これが思いのほか面倒。再起動を何度も繰り返すのもうんざりするが仕方ない。

さて、マシンと格闘して二日目の本日、最後にWindowsのアップデートで仕上げというところで驚きの事実。なんとWindows XPのアップデートでSP3が登場したのだ。それにしてもグッドタイミングではないか。

このあたりのことに詳しい人なら既にご存知かもしれないが、SP2へのバージョンアップは話題をさそったが、このSP3とはいかなるものなのだろうか、門外漢にはわからない。

ともあれ、メインマシンは見事復活、無駄なソフトが消えSP3のご利益なのか、心なしかその動きも早くなったような気がする。

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2008.05.06

宣告

このゴールデンウィーク中に親しい先輩を見舞った。窓を大きくとった病室はとても明るく、まるでビジネスホテルの一室のようなたたずまいは快適そのものだ。ただし、その部屋の主の気分を除けばだが。

癌を宣告されて2年。この間続けてきた抗癌剤治療も徒労に終わり、もはや手の施しようもなく、ついに余命数ヶ月までせまりつつあるという。つい、この春まで同じ現場で仕事をしていたのに。元々発見された時点で手遅れで、進行を遅らせるだけの治療をしているのだと何度もその話は聞いていはいた。

ともあれ、この1~2ヶ月の間に病状はさらに進行し、頬の肉は削げ落ち、それが本来は年齢(とし)相応なのかもしれないがまるで老人のようになってしまった。

今となっては話を聞いてあげること以外にできることはない。でも、明るく振舞うその言葉の時々やってくる会話の途切れ。そんな顔を窺って想像できるそのおよそ数億倍もの苦悩が途方もなく大きな溝となって二人の間に空虚な隔絶をつくる。窓外のにぎやかな雑踏にその溝を埋めることはできない。

「また近いうちに伺います」などと別れの言葉を交わしたが、これが最後かも知れない。というのもこれ以上は、彼と親族だけの親密な世界のような気がして、これ以上そこに踏み込む気にはなれない。

何ともつらい。

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2008.04.02

花粉の嵐

数年前から極度の花粉症に陥っている。

この時期、外で誤ってマスクを付け忘れるとひどいことになる。

今まさにその状態。

どうにかならないものかと、医者の処方に頼るも時期を逃した投薬はあまり効果がないのだという。

いつまでこんな状態が続くのか、憂鬱な毎日。

気持ちだけでも、ハイになれそうな曲を作ってみた。

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2008.04.01

毎日更新

これから毎日更新することにしました。4月1日

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2007.10.23

急展開

「もしもし、○○道の97キロポストのところから電話をしてます。ボンネットから煙が出て車が停止しました・・・・・」
「・・・・・わかりました、すぐに牽引車をそちらに向かわせますので、車を離れてガードレールの外側など、安全なところでお待ち下さい。」

駐車している車から少し離れたところに移動し、これから訪問しようとしていた相手に携帯電話で連絡を入れる。それからしばらくの間、道路を走り抜ける何台もの車を眺めていた。だが、一様にどのドライバーもこちらを見ながら通り過ぎていく。しかも、どう見ても気の毒がるような視線などではない。それどころか、おおかたが好奇の目で、中には指をさして笑う奴さえいる。とんでもないことだ。ばかやろう、こっちだって好きでこんなところに止まってるんじゃないんだ。高速で行き過ぎていくドライバーたちの視線に嫌気がさして空を眺めた。真っ青な空に秋のすじ雲がきれいに並んでいた。

青い色の牽引車でやってきた青年は、ボンネットの中を見て、「これはエンジンがいっちゃってますね」とひとこと。冷却水が何らかの理由で漏れ出してエンジンが焼け付いてしまったのだそうだ。

なるほどそういうことか、で、修理の段取りはどうなのか。恐る恐るたずねてみた。
「この年式ですし、エンジンを取り替えて30万から下手をすると50万というところですかね。どうします、これから?」
このどうしますは、どうやらどこへ運ぶのか早く考えろといっているようだ。
「この近くに修理工場はないの?」
「いえ、そういうことではなく、解体屋へ持っていくかどうかということです・・・・」
なるほどそういうことか。

「ところで、お客さん、会員証の期限が過ぎてますから、ちょっとお高いですが、運びますか?どうします?」
某自動車連盟の有難さは身にしみてわかっているのだが、それでも、そんなふうにつけこまれるとムッとしないわけでもない。期限切れにいきなり解体屋直行ねぇ、悪いことは重なるものだ。ともあれ、このまま故障車を放置するわけにもいかず、彼の提案に従うよりほかに選択の道はないようだ。

解体屋さんには、気の良さそうな青年が待ち構えていた。なぜ、こんなことになったのか。それををじっくりと理解する間もなく廃車の手続きが行われ手数料を支払う。ここまでの牽引費と合わせると、前から欲しいと思っていた最新型のデジカメが買える金額だ。

おっと、そんなことを考えている閑はない。トランクに積んだままのカメラの三脚やもろもろの道具を自宅まで送る段取りも考えなければならない。ああ、何ということだ、気に入っていたカーナビも、カーステレオもETCも取り外すことなくこの場を去らねばならないのか。それに、ここでもたもたしていると午後の大切な仕事に間に合わないことになる。ええい、みんな捨ててやる。

帰りの電車の中で、今日これまでに起きたことを振り返ってみた。なぜだ、なぜそうなるのか。事態の急展開に疲労感だけが残った。

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2007.08.01

お呼びでない来訪者

ピンポーン!! とっさに壁の時計を見上げた。午後3時、はて、この時間に誰かが訪ねてくる予定はなかったと思うが・・・。

ドアを開くと、脚立を持った老婦人が突然入り込んできた。え、脚立? 
「・・・(何者?)・・・・」
「奥さんはいないの?」
「・・・はぁ、(新手の飛び込みセールスか?)出かけてますが・・・」

家内とは、まるで古くからの知り合いのような口ぶりだが、どう考えてもこのようなタイプの知人はいないはずだ。つまり、何というか、その、オバサンタイプの・・・・。

「奥さんだと思ったら、旦那さんが出できたから驚いちゃったよ・・・」
「はぁ(悪かったな)」
そういいながら、脚立を玄関先にゴツンと置き(おいおい、そんなに乱暴な置き方をしたらシューズラックに傷がつくじゃないか)、外に重ねて置いてある紙袋のようなものを取りに行った。

さて、何を始めようというんだ。
透明の白い袋を持って再び玄関に戻ってきた老婦人は、そそくさと履物を脱いで家の中に入ろうとしている。
「あの~、いったい何をしようっていうんですか?」
「ダスキンのお取替え、ほら換気扇のフィルターだよ。」
そういって換気扇のフィルターを見せた。

え?でも、それはおかしい、だって換気扇の掃除やフィルターの交換は、ずっと前からこのオレの仕事になっているし、そんな甘っちょろいサービスはまったく不要だ。それに何より、換気扇の掃除というオレの牙城にずけずけと踏み込もうというのか。ちょっと待てよ。

「あのね~。うち、そんなサービス誰にも頼んだことないんだけどな~(このバ■ァ)」
「えっ」
老婦人は、急に我に返ったように、1秒半ほどこちらの顔を見つめ、さっと翻って外に飛び出し、ドアの脇にある表札を見た。
「あ~ら、いけない。お宅、青山さんちじゃなかったの?」
「違いますけど!!(ふざけんなこのク■■バァ)」
老婦人は、こちらに謝罪するどころか、何事もなかったように、さっさとどこかへ消えていった。

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2007.05.30

誰も決めていないが

世の中には、無言の常識のようなものがある。

たとえば携帯電話のキー操作音。おそらく携帯電話を購入した、いわゆる工場出荷状態の携帯電話ならキー操作をするたびに『ピッ』と音がでるのは普通のことだろう。

それ自体は何も問題になることはない。だが、大勢の人たちはこの無言の常識によって、このキー操作音が出ないように設定をし直している。いちいちキーを押すたびに音がしたのではうるさいし、群衆の中ではこの音が迷惑になるだろうと想像できるからだ。

ところが、このようなことを強制する法律も決まりごともない。そして、誰かがそうしろとか、そうすべきだなどと口に出していうこともない。なのにみんなそうしている。それが、いわば常識的なことがらだからだ。

梅雨時を間近に控え、ムシムシとする満員の通勤電車の車内。かなり大勢の人がいながら、ほとんど会話はない。みな無言で、苦痛に満ちた時間を少しでも快適に過ごそうとしている。

そんな中ひときは響く『ピッ、ピッ、ピッ』・・・・あの未設定の携帯電話キー操作音だ。音の主は、サラリーマンとしての定年をはるかに超えているだろうと思える爺様。メールに返信でもしているのだろう、軽快なキータッチはよいのだが、いかんせんうるさい。

「電車の中で携帯メールやるなら、キー操作音くらい切っておけよ」・・・そんな目で、音の発信源を探す人たちの数は一人ふたりではない。 誰も口にはしないが、そうすべきだろうと思えるようなことは、きっとこのほかにも沢山あるだろう。 でも、そういうことに無頓着だといじめの対象になったりもする。

明文化されていないことをはっきりと言葉で表し、関係者の全員が納得できるルールをつくるのは難しい。でも、これだけ世の中のコミュニケーションが希薄になってきた今こそ、世の中の常識やルール、決まりごとについての明確な答えが必要だと思う。

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2007.04.27

他人ごと

東京、田町、札の辻から赤羽橋に向かう一直線の道路を都心部に向かって走ると、真正面に東京タワーがビルの合間にすっくと立っている。

その様子を撮影しようと路肩に車を停め、三脚を立てて準備をしていたときのことだ。すぐ脇の歩道で突然若い女性が倒れこんだ。何かにつまずいて転ぶという姿は見たことはあるがそうではない。そこがレンガ張りの舗道であるかどうかということなど関係なく、そこに崩れるように寝込んだ。まさにそんな姿だった。

人通りの多いところではあるが、なぜかその様子を見ていたのは私一人だろうし、一番近くで様子を見ていたのも私だ。

カメラも三脚もそのままに、すぐさまガードレールを乗り越え、直行。肩を軽く叩いて・・・
「どうしました? 意識はありますか?」
「あ、頭が、痛くて・・・・」
そういいながら、片手で頭を抑え、立ち上がろうとしている。
「ちょっと待って、救急車を呼びましょう」
「大丈夫ですから・・・・」
道行く人たちは、様子を見ながらも他人ごとだ。

女性はゆっくりと立ち上がり、片方の頭を抑えながら苦しそうにその場を去って行く。
無理にでも引き止めて救急車を呼ぶべきかどうか迷ったが、歩けるのでと云われ見送った。

ゆっくりとだが、歩いて駅の方へ向かっている。だが、数十メートル先でまた倒れた。だが今度は、偶然通りかかったお巡りさんが近づいていった。そのお巡りさんは様子を聞き、すぐに無線でなにやら交信を始めた。これでとりあえず大丈夫だろう。

撮影を終えて、その場を立ち去ろうとした頃、遠くから救急車の音が聞こえてきた。これで、ようやく他人ごとになった気がした。

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2007.04.16

やるせないできごと

日頃から何かとお世話になっているのが公立の図書館だ。どちらかといえば、目的があって出かけるというよりは、行ってから興味のありそうな本やCDを見つけては借りてくる。そんなことを、2週間に一度、つまり借りられる期間が2週間なので、それを何度も何度も連鎖的に続けている。

図書館に行くのは土曜日の午前中。いつも利用しているのは、駅のすぐ近くにある図書館で蔵書の数も多い、それに利用者も。でも、ほとんど人たちが静かに利用しているので人の多さはあまり感じない。

書架に向かってあれこれ探しているときのことだ。「ふぁ~・・・・×△◇・・・」わけのわからない奇声を発する男が突然入り込んできた。良くみると目がうつろ。どこにでもいそうな障害を持った青年のようだ。

その青年が奇声を発しながら、走るように脇を通り抜け、書架の角を曲がってすぐ、小さな赤ちゃんが突然泣き出した。何事かと様子を見ると、男が勢い余ってそこにいた赤ちゃんを突き飛ばし、何もなかったように立ち去っていく。

すぐそばにいた母親は、男をにらみつけながらも泣く子をあやす。

障害者を悪く言うつもりはない。でも、やっと立てるようになったかどうかという年頃の赤ちゃんや、その母親の不注意を責めるわけにもいかない。事件はあまりにも突然だった。

静かな図書館に響く赤ちゃんの鳴き声、せいぜいその声が届く範囲だけだろうが、妙なやるせなさが漂った。

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2007.03.19

犯行の一部始終(続)

昨日、公園の小さな植物(植木)を盗む男の話を書いたが、この男、今朝も懲りずにまた現れた。

公園の中を自転車でのらりくらり。あれこれ物色している様子が見えた。

しめた、これでスクープ映像とばかりにビデオカメラを持ち出して犯行の一部始終を撮影しはじめた。

ところが、決定的瞬間というところで、犬を連れた人物が登場。男は、犯行を諦めて立ち去っていった。

「koen.mp4」をダウンロード

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2007.03.18

犯行の一部始終

今住んでいるマンションの下に、最近新しい公園が誕生した。周囲に樹木が配置され、小さな運動場や幼児向けの遊具などが配置され、中央に芝生の広場がある。昨年の暮れにオープンしてからというもの毎日大勢の人たちでにぎわっている。

窓際にPCを置いているので、外を見るとその公園が見える。仕事の合間に、その公園を眺めては目を休めている。

西の空に陽が沈み、人影も見えなくなった夕暮れ時。この公園に、自転車に乗ったひとりの老人男性が現れた。防災無線のあの情緒のかけらもない5時の音楽が流れて暫く経っている。静かな公園には、子供たちの姿もない。その男だけだ。

自転車を降りて周囲を見渡して様子を見ていた男は、ポケットから白い買い物袋のようなものを取り出した。そして、こともあろうに、公園の植え込みにある小さな植物、おそらく小ぶりの樹木だと思うが、それを両手で引き抜き、持ってきた袋に詰め込んだ。

この公園の樹木は、おそらくしっかりとした植木屋さんがあれこれこだわって植えているのだろう、様々な種類のものが上手に配置されていて、これからの季節が楽しみなのだが、それを引き抜いてしまうとは。しかも、迷うことなく目的の代物を手に入れるためには、事前の下見が必要だろう。計画的犯行であることは明らかだ。

男は、何事もなかったように白い袋を自転車のハンドルにぶら下げ、あっという間に立ち去っていった。あの植物を自宅の庭にでも植えて楽しもうというのか、何とも許しがたい犯行の一部始終だった。

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2007.02.20

つのるイライラ

振っても、回しても、叩いても、棒を差し込んでも出てこないのがラムネのビンのビー玉だ。

そのラムネのビー玉と同じようなものを見つけた。もっとも、それは誰でもが発見できるようなものではなく、ただ単に、ふさわしくないところにあるのを見つけただけなのだが・・・。

JR横須賀の電車。出入り口のドアが閉じる。混雑時なら絶対に気付くことはないだろうが、足元を見るとドアの下に10円玉より少し大きめの穴がある。これと同じものは、山手線や京浜東北線にもある、中には、その穴から下の線路が見えることもある。ところが、横須賀線の穴は下までは見えない。つまり、穴の下にもう一層の平らなスペースがあるようだ。

そんなことはどうでもいい話だが、なぜかその穴の中に、あの緑色のビー玉が入っていた。外は雨。ちょうど持っていた傘の先端でビー玉をほじくり出そうとしてみたが、右に左に動くだけ。あのラムネのビー玉を割り箸の先端で動かすようなものだ。

なぜ、こんなところに、こんなものが入り込んでいるのか?それはわからない。

おそらく先の細い何かで下からすくい上げれば取リ出すことができるだろう。でも、傘の先端では絶対に役不足だし、不可能だ。それにしても、このビー玉を取り出せないことが悔しい。

だからといって、しゃがみこんで、しかも何かの道具を使ってかき出すような勇気もなければ、人目を忘れるほどの根性も持ち合わせはいない。

こんなどうでもいいような下らないことにこだわってしまうのは自分だけだろうか。ほかの人は、こういうものを見つけたときにどのような思いをして、どんな行動をとるのだろうか。ましてや雨の日で、傘を持ち合わせているときに。

取れないビー玉にイライラ感はさらに募るばかりだ。でも、こればかりはどうにもならない。

年齢に関係なく、男はどうしても穴の中のものにロマンを感じてしまう生き物なのだろうか。何ともむなしいことだ。合掌。

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2007.02.13

かわいい笑顔

エンジンをかけ、ゆっくりと出口へ向かう。ただでさえ、人通りの多い大型スーパーの駐車場。人が行き過ぎるのを待つだけでも面倒なことだが、さらにその先に交通量の多い道路が待ち受けている。

本来の駐車場は、専任の警備員がいて交通整理をしてくれるのだが、ここは空き地を利用した臨時の小さなものなので、利用者が勝手に利用するスタイルになっている。

さて、まず最初の難関である歩道を越えようとしたときのことである。出てくる車のことなどおかまいなしの自転車が何台か通り過ぎ、さらに数人の歩行者がボンネットの前を通行して行った。だが右の奥の方で、ひとりの老婆が立ちすくんでいる。おそらく、こちらが出て行くのをやり過ごそうという作戦らしい。

人通りも切れたし、出て行くにはまたとないチャンスが到来。だが、右から何台もの車がこちらに向かってきている。これでは、歩道をふさいだまま、何台もの車が過ぎて行くのを待たなければならない。

なので仕方なく、そのまま停止していると、また数人の人たちが前を通過。老婆も、自分が前を歩いていも大丈夫なのだと気付いたのか、それとも自分のために待ってくれているのだと勘違いをしたのか、それはわからないが、とても嬉しそうな笑顔でこちらに一礼し、前をゆっくりと歩いていった。

そして、そのことが本当に嬉しかったのだろう。車の前を行過ぎて、もう一度振り返り、さらに嬉しそうな笑顔でまた一礼。つられてこちらも会釈を。こちらは、ただ出るチャンスがなかっただけなのに・・・・。どうやらそれを親切と思われてしまったようだ。

わずかの間のできごとではあったが、ふだんからあまり人に対する親切などということを考えてもいない自分が、なぜかその時、とても恥ずかしく思えた。それにしても、あのおばあちゃんの『かわいい笑顔』に勝てるものがあるだろうか。

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2007.02.05

新しくなった椅子

外出する用件がなければ、一日の大半をPCの前で過ごす。もちろん、ここが主な仕事場であるのだから仕方のないことではあるが。

そこで重要なファクターとなるのが椅子だ。座り心地が良く、しかも長時間座っていても足腰に負担がかからないもの。さらに加えていうなら、くつろぐことができるもの・・・。

そんなわけで椅子選びには時間をかける。もちろん、お金に余裕があるわけではないので、超豪華なものを手に入れるほどの贅沢はできない。そうなると『出せるお金の最高額』と『納得できる使い心地』のふたつの要素がシャキーンとぶつかり合うところが購入のポイントということになる。

およそ半年前、久々にこのシャキーンが鳴り響き一脚の椅子を手に入れた。ところが・・・

数週間前から、座面が右に左に曲がってしまうという現象が始まり、ついに先日『ガクン』というものすごい音ともに、座ることもできない状態になってしまったのだ。原因を調べようと、ひっくり返してみると、キャスターから伸びている支柱と座面を固定している部品が破損し、どちらが先かわからないがその部品を固定しているところの溶接部に大きな亀裂が入っていた。

安いといっても、べらぼうに安い品物ではない。それに、毎日使っているとはいえ、それほど手荒に扱っているわけもでもなく、わずか半年程度で壊れてしまうようではまずいのではないか。それに、革張りの感触もとても気に入っている。なんとか部品だけでも交換できないものか。

さっそく、購入したお店に電話をかけてみる。

これこれしかじかで・・・
「部品だけでも交換できないでしょうか?」
「型番はわかりますか?」
「はい、座面のうしろに書いてあります。○○○○とありますが・・・」
「わかりました、○○チェアーですね」
「すぐに担当に代わります」・・・・・・

これこれしかじかで・・・
「部品だけでも交換できないでしょうか?」

すると驚くべき回答が帰ってきた。ろくに事情も聞かずに、新品と交換するというのだ。もちろん購入して半年足らずだから、保障期間内ということなのだろうが。

それから1週間程度で、新品のしかも、以前使っていたものと同じ商品が届き、古いものを引きあげていった。

また同じところが壊れる可能性があるのだろうか、念のためと思い新しい椅子をひっくり返して前回壊れたところを確認してみた。
「あれ?構造がぜんぜん違うじゃないか!!」
さっきまであった椅子と見た目には同じだが、破損したところの部品が、まるで違う構造になっていた。

あの電話の店員さんの粘りのなさといい、この構造の違いといい、これって世の中的にはまるで騒がれてはいないけれど、いわゆる“欠陥商品”だったんじゃないの? そういえば「お怪我はありませんでしたか?」などと妙に低姿勢だったことも気になる。

いまさら、とりたてて文句をいうつもりはない。だが、世の中には欠陥商品や欠陥隠しが横行しているのは確かだ。しかも、それが原因で死亡事故でも起これば大問題となる。

そういう面でいえば、自動車やガス器具、エレベータのように命には直結しないものの、“目立たない欠陥商品”といえるものがあちこちにあるのではないだろうか。しかも、それと同じくらいの数の欠陥隠しも。

これからは、何か壊れたら、ダメもとで、まず問い合わせてみることにしよう。

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2007.02.04

梅(2007/2/4)

今年は、例年にない暖冬だという。

多少風はあったが、春のような陽射しに誘われて久しぶりに車で遠出をしてみることにした。そうだ、梅がいい。

そんなわけで、なつかしの箱根駅伝のコースを車で辿りながら、小田原に向かうことに。目的地は『辻村植物公園』に設定した。

Ume1こんな季節に、ひょこひょこ出かけて行く暇人も少なかろうと高をくくっていたのだがさにあらず、行く道のところどころで渋滞に遭遇してしまった。なぜか、どの車も年配のご夫婦というパターンが目立つ。春の陽射しに誘われてのこのこ出てきたのか。

それでも久々に海風を浴びながら、思いきっリアクセルを踏み込んで走る西湘バイパスは爽快そのものであった。

国道一号線の小田原口を右折し、小田原城の突き当りを左に、あとはほぼ道なり。すぐに『辻村植物公園』の案内を発見。(小田原厚木道路なら荻窪というところが近い)

梅は、まだ一部咲きというところだろうか、それでも花が早く咲く品種は既に満開の時期を迎えている。あたりに梅の花のほのかな香りが漂っていた。次週の週末かそれ以降が見ごろというところだ。

Ume2 ちなみに、帰り道に選んだ小田原~厚木道路では、2度も覆面パトカーを目撃した。後ろから頭のでかいドライバー(彼らはヘルメットを装着している)のいる車がやって来たら要注意だ。

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2007.01.12

納豆に飛びついたブタどもに告ぐ

「朝と晩に1日2回納豆を食べればやせる」某テレビ局でこのような内容の番組を放送したところ、翌日からスーパーの売り場から納豆が消えてしまった。これまで毎日のように納豆を食してきた「納豆好き」としては許しがたい非常事態が、いま目前で展開している。

空になった陳列棚を見つめて『なんてあさましいやつらばかりなんだ。やせれば何でもいいのかよ。そんなにやせたいなら、何も食べないほうが早いだろうが!!いい加減にしろ!』などとつぶやいてみてもむなしさだけが残る。

これまで納豆など、ろくに見向きもしなかったくせに、ただ「やせる」のひとことにつられて他人の幸せを平気で奪うような暴挙に何のためらいもなく出てしまうのだ。冗談じゃない。

そんなやつらはスーパーの開店とともに売り場に走り、食べきれないほどの納豆をカゴいっぱい買い占めるのだ。かつてトイレットペーパーを山ほど買い占め、全部使い切るまでに何年もかかり、最後にはカビの生えた紙を使って痔になってしまったあの時のように、いま、お前たちは、閻魔様の前でひたすら助けを請わなければならないような、かくも恥ずかしく、おぞましい行為をしているのだということに早く気付くべきだ。そして、いまお前たちが買い占めなければならないのは、納豆などではなく不二家のシュークリームだけだということを悟るべきだ。

納豆をしっかりかき混ぜ20分たったら食べるのだそうだ。かき混ぜて数分であの納豆独特の臭い出てしまうので、とても臭い納豆を食べることになる。それでもやせるためなら我慢をしてでも食べるというのか。臭そう。へどが出そうだ。

やがて、ブームが去る時がやってくる。千載一遇のチャンスと増産のために生産設備を増強した納豆メーカーは借金地獄に陥り、納豆の価格は高止まりしてしまう。これは困る。

一方やせるはずだったのに何も変わらず、リバウンドでさらに太り、納豆の臭いをかいだだけで吐き気がするようになってしまったブタどもは、次のダイエット食品に食指を伸ばし、やがては命を縮めていく。ざまぁ見ろ。

納豆ダイエットブーム絶対反対!!

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2006.10.27

窓辺の奇妙な風景

幹線道路わきのファミリーレストラン。今日の仕事のためだけに編成されたにわかづくりのスタッフと遅い昼食をとっていた。それほど親しい間柄でもない連中が、ろくな話題もなく、たいして意味をなさないような話にぽつぽつと花を咲かせていた。そんな状況にいい加減嫌気がさし、退屈しのぎに窓外の風景を眺めていた。

ちょうどそこから道路の上に架けられた歩道橋が見え、赤いランドセルを背負った小学5~6年生くらいの女の子がそこに一人で立っていた。

歩道橋の下を走る車を眺めているのだろうか、向かってくる車を見ていたかと思うと、すぐに後ろの方に向かい今度は車を見送るような動作をしている。それも、先ほどから何度も繰り返しているのだ。

何か奇妙だ。じっくり注目してみると、その女の子は向かってくる車にめがけて唾を吐きかけ、命中したかどうかはわからないが、振り返ってそのターゲットの車が走り去るのを見ているのだ。しかも、それがかなり愉快な出来事のように。

たしかに誰でも子供の頃に、こうしたいたずらを思いつくものだが、それにしてもあの喜びようは尋常ではない。

学校でいじめられ独りぼっちになり、登下校の道すがらに密かなストレスのはけ口を見つけたのだろうか。あるいは、いたずら好きの兄弟や友人からこの遊びを教えられやみつきになってしまい、一人で楽しむようになってしまったのか。それとも、どこかに障害でもあるのか?

落とすものが唾液くらいならよいが、もっと違うもの、つまりもっと刺激的なものにエスカレートしていったら、いたずらなどというくくりでは済まなくなるだろう。それにしても、人はどんなことに喜びを感じるのかわからない。変質的な喜びも百人百様なのだろうか。退屈な話題はいつの間にか聞こえなくなっていた。

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2006.10.08

隣の席の「フラガール」

今公開中の「フラガール」を見てきた。常磐ハワイアンセンターの(今は名前が違うらしいが)設立当時のお話で、フラダンスを披露するダンサーたちが物語の主人公だ。

映画の評論は専門ではないのでやめておくが、感想をいえばここ最近の日本映画の中では、とても面白い部類に入る映画ではないかと思う。何といっても笑えるし泣ける。

さて今回のテーマは、隣にいた観客だ。日曜日の初回ということで、観客もそれほどの入りでもない。座席もネットで事前に押さえてあるので、そこへ直行すればよい。それでも早めに映画館に着いてしまったので座席に座ることにした。

座った席の隣には、70歳を過ぎているだろうと思える白髪の老人男性がいた。日曜日ということもあるのだがネクタイなしのスーツ姿。身なりはけして悪くない。が、どう見ても、この娯楽映画には不似合いな感じがぬぐいされない。きっと出張か何かでこの街に来ていて、日曜日はやることがないので映画でも・・・・そんな雰囲気なのだ。

上映まであと5~6分というところで、その男性が話しかけてきた。
「ずいぶん客席が埋まってきましたね」
たしかに着席した頃よりは、観客の数は相当増えていた。
「そうですね。」と答えると。彼は安心したのか、今の心境を語り始めた。

・・・・自分はかつて常磐炭鉱の労働者の一人で、おそらくこれから始まる映画にも出てくるであろう炭鉱の社宅に住んでいた。出身地ということもあり、昔の炭鉱の風景が懐かしくて映画を見に来た。今は、とてもドキドキしていて、映画を見る前にこんな気持ちになったのははじめてだ・・・・という。

そうか、それで合点がいった。老人が一人で映画を見に来るにはわけがあったのだ。

・・・・炭鉱は閉山になり、大勢の仲間たちが常磐ハワイアンセンターに再就職をした。ほかの仲間たちは、各地の炭鉱に行ったり、私のように都会に出てきたものも大勢いた。私は運よく商売がうまくいって、こうして都会で暮しているが、一緒に来た仲間たちのほとんどは田舎に戻ってしまった。何か昔に戻れるようで、今はドキドキなんです。・・・・・

話を聞いているこちらも、凝縮された人生を垣間見たようで、いいようのない感銘を受けてしまった。

・・・・映画が始まったら泣いてしまうかもしれません・・・・

事実、上映中、彼は何度も涙を流していた。

映画のストーリーと隣に座っている白髪の男の人生、その二つが重なって、妙な感動を覚えた。

そういえば、「三丁目の夕陽」を見に行ったときも隣に高齢の観客がいた。そうか、彼らも映画を見に来ていることに違いはないのだが、どちらかといえば、かつての風景を見たかったのだろうか。つまり、映画を通して過去へ旅立ちたかったのかもしれない。

「フラガール」はメリハリのある音の構成も素晴らしい。それに何といってもジェイク島袋の音楽が涙を誘う。

上映終了後、その老人は抑えた口調で一言こういった。「面白かったですね~」。「はい」思わずうなずいた。

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2006.09.22

一瞬の風景

それが、どこの何という名前の町なのかまったくわからないし、覚えていもいない。だが、たしかにこの目で見たものであるし、もし自分が画家であったらおそらくその風景を絵にしていただろう。

周囲には小高い峰が連なり、谷底のくねくねとした川沿いのわずかな平地に道路と列車の線路がある。そのまわりの斜面には民家がぽつぽつと点在する。そんなありふれた集落の何気ない風景だ。

その時、電車に乗っていたのか車の座席に座っていたのかすら覚えていない。覚えているのは、谷あいの向こう側、それもその下はかなり深い崖になっていて、下にはエメラルドグリーンの川が流れている。その崖の上に少しだけ開けた平地があり、そこに昔ながらの木造校舎の小学校と運動場がある。もうすぐお昼になるのだろう太陽は真上にある。運動場には、おそらく集落の人たちが全員集まっているのではないかと思えるほど大勢の人たちがいて、どう見ても運動会のようなことをしている。

距離はどう見ても300メートル以上。谷底をはさんで対岸。それも移動中の乗り物から見ているのだが、なぜか運動会に興じている人たちの楽しげな雰囲気が矢のようにこちらに伝わってきて、実はよくは見えないのだが、それでも集まっている大勢の人たちの笑顔を見たような気がした。

山村、実りの秋。この小さな集落で、おそらく村の分校で、そこの児童だけでは運動会も成り立たず、ならばと集落の人たちのレクリエーションも兼ねて合同で地域の運動会。老若男女が集まって秋の一日を楽しく過ごすのだ。

そうだ、この感覚はどこかで体験したことがある。少年時代、自分が育った町の集落で行われていた地域の運動会だ。当時は、娯楽が少なかったせいもあるが、大人も子供もみんが集まって、町内対抗の運動会をしていた。それは大人も子供も夏休みの後半から練習が始まるほどの熱の入れようで、いざ本番となれば地域のみんなが心底のめり込むほどの一大イベントであった。

考えてみれば、一瞬、それもずっと向こうに見える山あいの集落の運動会であったが、少年時代の色々な想いが交錯して、ひとしきり過去を振り返ることができた。だから今も心に残る風景として脳裏に焼きついているのかも知れない。

旅を楽しむ・・・そこには、このような心の風景と出会える面白さがある。それにしても、しばらく旅に出ていない。このままじっとしていたら、自分が腐ってしまいそうだ。

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2006.09.21

ハンカチおやじ

もう、ブームも過ぎてしまったかもしれないが「ハンカチ王子」といえば早稲田実業のエース斎藤佑樹投手(18)のことだ。ところで、あのブルーのタオルハンカチが話題に上ったのは8月も中旬の頃。まさに夏の甲子園のさなか。ところが、あのハンカチだけがなぜか独り歩きを始め、今でもネットオークションの話題になっているそうではないか。ご苦労なことだ。

さて、実はその話題のタオルハンカチだが、最近、何度も目撃をしているし、それどころか実際に何度も触って遊んでいる。遊ぶとは、あのハンカチをいろいろな人に見せて、「これ、何だかわかります」といって例のものを見せるという遊びだ。知っている人はすぐに反応するし、知らなくても説明をすれば「これがそうなんですか?」と一応にリアクションを返してくれる。

もっとも、そんな悪趣味の遊びを楽しんでいるのは、もちろん私ではない。この数年来、懇意にしている某プロデューサーだ。なぜか、あの話題のハンカチが、自宅のタンスの引き出しの中にあり、ここぞとばかりにそれを持ち出し、あちこちで話題をとって遊んでいるだけなのだ。曰くこれが「ハンカチおやじ」の由縁だ。だが、想像以上に大うけするところが憎い。

とはいえ、あのハンカチで思いっきり顔の汗を拭けば間違いなくオヤジのしぐさだが、半分に折り、さらに三つ折りにしたものをそっと顔に押し当てれば王子様になれる。ヨンさまも、ベッカムさまももう過去の人になってしまったが、この王子様はこれからも暫くは話題から消えることはないだろう。いきなりプロではなく、大学に進学したことも好感を持てる。

どうでもいい話だが、今は、もう既に少子高齢化で、大学に進学する若者は、あまり苦労することなく受験をパスできる時代だ。だからこそ、大勢の子供たちに学ぶ大切さを知ってもらえればと勝手に思う。あの王子様がそうした若者たちのオピニオンリーダーや広告塔になることはないと思うが、それでも、大学というもうひとつの選択があることを示したことは評価に値する。

それにしても世の中、何をするにも『お馬鹿』では話にならない。愛すべきハンカチおやじの洒落ももうそろそろ色あせ始めている。次なる一手が楽しみだ。

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2006.09.20

禁煙・決断から5年

あの9.11があって、そのちょうど1ヶ月後の10月12日、居酒屋に集まった友人たちの前で禁煙を宣言してはや5年になろうとしている。

あのようなショッキングな事件と、禁煙というきわめて個人的なできごとの間には、とりたてて語るような関係性はあまりない。あえていうなら、ちょうどあの頃、仕事でアメリカに行くという話があり、往復の航空機の中ではタバコが吸えなくなったと聞いたことがきっかけだった。この難関をクリアするために何をしたか。禁煙ガムを買い込み、8~10時間、つまり日本からアメリカに行くまでの移動時間中にタバコの世話にならなくて済むかどうかの、今思えばとても下らない実験がすべての始まりだったような気がする。

禁煙ガムでニコチンを摂取し、煙は吸わない。少し高価なガムではあったが効果はてきめん。僅か数日で禁煙を確信した。そんな折も折、仲間たちのとの呑み会があり、そこで宣言をすればやめないわけにいかないだろうと自分を追い込み、それが功を奏することとなった。

もっとも、9.11のおかげでアメリカ出張は中止。本来の目的が頓挫した中で、禁煙という新たな課題には何とか立ち向かうことができたわけで、それはそれなりに“自分を褒める”べきだろう。

さて、このような禁煙の自慢話をしたところで、どれだけの人が興味を示してもらえるかは不明だ。でも、今、少なくとも禁煙をしたいと考えている人には、何か響くものがあるのではないかと勝手に思っている。

ついでにいえば、かなり不謹慎かもしれないが、禁煙を決断するならあのような大事件の直後がお勧めだ。なぜなら、テレビのニュースなどで「あの事件から5年が経ちました」などと始まれば「そうかタバコをやめてもう5年にもなるんだ」と納得できるからだ。

とはいえ、それがどうしたの?と突っ込まれれば、それで終わる程度の話であるが・・・。

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2006.09.07

何これ?みんなこれでいいの?

本日の朝日新聞夕刊から以下引用します。

「デスノート」「ヒカルの碁」漫画家、ナイフ所持容疑
2006年09月07日15時01分

 少年漫画誌に連載されて人気を呼び、今年6月に映画化された「DEATH NOTE(デスノート)」の作画を担当した漫画家が、銃刀法違反(所持)の疑いで警視庁に逮捕されていたことが分かった。

 逮捕されたのは、東京都武蔵野市境、漫画家小畑健(たけし)容疑者(37)。石神井署などの調べでは、小畑容疑者は6日午前0時すぎ、正当な理由がないのに、東京都練馬区大泉町5丁目の路上で、車の中にアーミーナイフ(刃渡り8.6センチ)を所持していた疑い。

 警察官が整備不良の疑いで小畑容疑者の車を止めて職務質問をしたところ、車内の引き出しの中から見つかり、現行犯逮捕された。「キャンプで使うために持っていた」と話しているという。

アウトドアを趣味としている者にとって、とても警察を許しがたい気分になりました。先日のことですが、私のとても親しい友人が同じような体験をしました。つまり、職務質問→ナイフの所持→親切心で、何も疑わず持っていたアーミーナイフなどを提示→書類送検もしくは逮捕。

あり得ない。私もアウトドアマンのひとりとして、またとても便利なツールとしてスイスアーミーナイフ(ビクトリーノックス)をいつもカバンに入れています。カッターの代わりになったり、出張先で缶詰を開いたり、仕事用の機材の調整にドライバーを使ったりととても便利に使っています。

それを所持しているだけで犯罪になるなんて・・・・

どうかしてしていませんか。警察。

それは、最近ナイフを使った犯罪が増加しているという事実も知っています。でも、大人の、しかも、まともな社会生活をしている人間を捕まえて、「お前も犯罪人だ」みたいに認定して行くのはどうかと思います。

こうしたやり方にみんなで反対すべきだと思うのですがいかがでしょう。

■ナイフの所持→書類送検→その後の興味深い話

■職務質問についてこんなこともあるという興味深い話。

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2006.08.17

脳に刺激?

こちらのサイトで紹介されている音叉の音を聞いてみた。
二種類の“音”があり、片方は30秒程度で脳が活性化するというし、もう片方は眠くなるという。眠くなる方を聞いていたらいつの間にか・・・・うとうと。

音叉といえば、普通は440kHzが一般的だ。いわゆる“A”の音。

たしかNHKのラジオ放送の時報もこの440kHzだったと記憶している。
そこであれこれ調べてみると、NHKの時報の低い方が440kHzで、高い方が880kHzだということらしい。

“A”の音は、オーケストラやブラスバンドの楽器のチューニングに使うが、最近では、同じ音叉でも442kHzというのがあり、ほんの少しだが高い音程でチューニングをしているらしい。この方が、演奏が明るく聞こえるのだそうだ。わずか2kHzでどれほど表情が違うのか聴き比べてみたい気もする。

そうだ。そういえばと昔使っていた楽器のケースを探し、蓋を開く。懐かしい楽器。その脇のケースの片隅に懐かしい440kHzの小さな音叉が隠れていた。

耳元で響く440kHzの音は懐かしい響きがした。

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2006.06.27

奇声を発するセールスマン

誰でも立ち入ることができる高層マンションにいるせいかも知れないが、ここには飛び込みのセールスマンがしょっちゅうやってくる。○○新聞、○○保険、○○自動車・・・・・荷物を運んできてくれる宅配会社の人を除けばインターフォン越しにおさらばというの普通だが、中にはかなりのつわものがいる。

ところで夏も間近のこの季節は、室内に風を通した方が気持ちが良いので、玄関にドアチェーンをかけドアは開けた状態にしている。とはいっても、あれこれ物騒なので昨年からはアルミの鎧戸がついた玄関網戸を導入している。そのため互いに顔を見合わせることはない。だが、声だけは良く聞こえてくるので、インターフォンは使わず直接声で応対をするようにしている。

さて、問題のつわものは、インターネットの高速回線と電話をセットにしたような商品を売りにきた男性だ。会社名と何を売りたいのかだけが分かれば、もうそれで充分。いつものように・・・・
「それならウチは結構です」と断りを入れた。と、その瞬間・・・・
「ヒェ~!」と、大声で、とても信じられない奇声を発し、続いて何事もなかったようにセールストークを話し始めたのである。何が起きたのだろう。

何かの間違いか、のどの調子でも悪かったのだろう。そこで再度
「あの~、ウチは結構ですから」と、少し大きめの声で語りかけてみた。すると・・・
さらにパワーアップした「ヒェ~!」が。これは、明らかな挑戦だ。しかも、この「結構」→「ヒェ~」があまりにも絶妙なタイミングでやってくる。

これはかなわない。仕方なく、「と、とにかく、いりませんから」。そういって、あとは無視することにした。それから30秒程セールストークを吐き出して、反応が無いと見るや隣へ向かっていった。

やがて数十秒後、隣の家からインターフォン越しに断り文句が響くと、またあの「ヒェ~!」が周囲に響いた。

断り文句が聞きたくないのか、精神的に行くところまで行ってしまっているかは不明だ。しばらく辺りに“哀れさ”のような重たい空気が漂った。

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2005.06.06

ウォーキングをしながら

ここしばらくの間、といってもまだ半年くらいのことだが“歩くこと”に興味を持っている。

数年前にたばこをやめてからというもの体重の増加に悩まされ、医師からは痛風を宣告され、続いて半年ほど前の健康診断ではとうとう糖尿病の結果が出た。もはや若い頃からの不摂生が一挙に噴出し、生活習慣病のオンパレード状態だ。

「太く短く」がコンセプトの人生ではあるが、肝機能障害や高コレステロールなど成人病のデパート状態にあることを知ると、ほ